築城の名手が築いた名城・中城城跡

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築城の名手が築いた名城・中城城跡

中城城跡ってどんなところ?

 

沖縄県にある9ヶ所の世界遺産のひとつが中城城跡(なかぐすくじょうせき)です。
中城城跡は現在の中城村に現存している城で、築城は14世紀の中ごろだったと伝わっています。

 

この城は、琉球王国時代に「築城の名手」と称えられた偉人・護佐丸(ごさまる)が建てたものです。
護佐丸は琉球史を語る上で欠かせない重要人物で、中城城跡と同じく世界遺産登録されている「座喜味城跡(ざきみじょうせき)」も護佐丸が建てた城です。
他にも、恩納村にある山田城跡など、現存する沖縄の城のいくつもが護佐丸によって建てられたとされています。

 

観光で中城城跡を訪れた人は、まずその巨大さに驚くことでしょう。
中城城跡が建てられた時代には当然、重機も測量機械もありませんでした。
それにもかかわらず、岩を精巧に積み上げただけの城壁が、ゆうに5mは超える高さでそびえているのです。
このような城が築城から数百年経った現在でも平然と残っていることを考えると、琉球王国時代の石工たちの技術の高さがわかります。

 

また、敷地の広さも沖縄県内の城で最大級です。
中城城跡は県内に数ある城のなかでも数少ない「琉球王府と戦えるだけのポテンシャルを持った城」であり、かつては実際に琉球王府との戦が勃発しかけたこともありました。
城内には刀を作るための鍛冶場や、城内にいながらにして兵馬の訓練を行える直線のコースが用意されており、当時の軍事力の高さがうかがえます。

 

 

謎多き築城の名手・護佐丸が命を絶った場所

 

かつての中城城を築き上げ、またそこを居城としていたと言い伝えられる偉人・護佐丸。
築城の名手として知られ琉球王府にも多大な貢献をしていた彼ですが、実はかなり謎の多い人物でもあります。

 

護佐丸は1458年、居城としていた中城城跡で自害したと言われています。
その理由は、琉球王府にクーデターを起こそうとする「逆賊」の疑いをかけられたからです。
それまで護佐丸は琉球王府に忠誠を誓った家臣として知られていましたが、突如沸いた逆賊疑惑によって琉球王府軍に中城城跡を取り囲まれてしまいます。
当時、琉球王国最大級の軍事力を持っていた中城城なら琉球王府軍と正面から戦うことも可能でしたが、護佐丸は妻子と共に一切抵抗せず自害したと言われています。
状況こそ違いますが、まるで琉球王国版の「本能寺の変」のような出来事の舞台となったのが中城城跡なのです。

 

しかしこの逸話には、いくつかの謎が残ります。
そもそも琉球王府から高い信頼を受けていたはずの護佐丸がどうして「逆賊」になったのかというのが最大の謎です。
この話には様々な説があり、護佐丸があまりにも高い軍事力を持っていたために首里王府に恐れられたのではないかという説や、勝連城跡の城主だった「阿麻和利(あまわり)」の謀略によって殺されたのではないかという説まであります。

 

いずれにせよ、護佐丸が当時琉球王国を支配できるほどの実力を持ちながら、無念のうちに死んでいったことは事実です。
中城城跡を訪れた際には、城主であった護佐丸の胸中を想像してみるのも面白いでしょう。

 

 

中城城跡にはペリーが来ていた!?

 

中城城跡のいわれを学ぶためには琉球王国の偉人や事情を知る必要があり、ちょっとややこしいですよね。
しかし中城城跡には、日本人なら誰でも知っている超有名な偉人も訪れているんです。

 

その偉人というのが、1853年に黒船で浦賀港に入港し日本に開国を迫ったペリー提督です。
あまり知られていませんが、実はペリーは日本に鎖国を解くよう交渉する前に琉球王国に寄っていたのです。
日米和親条約を取り付けてアメリカに帰る途中にはもう一度琉球王国に行き、琉球王府とも「琉米修好条約」を取り付けています。

 

ペリーは当時のアメリカにとって未知の国であった琉球王国に島内探検隊を派遣し、その際に発見された中城城跡には自ら乗り込んだといいます。
当時の様子はペリーが監修した「日本遠征記」という書物に記されており、それによればペリーは中城城跡の築城技術の高さにたいそう驚いていたようです。

 

1800年代後半のアメリカではすでにセメントを使った建築が一般的だったため、セメントも漆喰も使わずに岩をパズルのように組み上げて作られた琉球の城は珍しかったことでしょう。
日本遠征記には「要塞の資材は石灰岩であり、その石造建築物は賞讃すべき構造のものであった」と中城城跡の築城技術を賞賛するペリーの言葉が綴られています。

 

 

中城城跡に関する情報

 

中城城跡はかつて難攻不落の城として知られていただけあって、見学するのも一苦労です。
城内の階段は当時のままで残っているのですが、かつて馬に乗ったまま登ることもあった階段だけに段差が大きく、人の足で登るのはなかなか大変です。
それだけ足場が悪い場所ですから、やはり見学の際には歩きやすい恰好でいくことをオススメしておきます。

 

 

入場料

 

  • 大人 400円
  • 中高生 300円
  • 小学生 200円
  • 未就学児 無料

 

 

場所・アクセス

 

 

住所

 

沖縄県中頭郡北中城村大城503

 

 

アクセス方法

 

那覇空港から、出発する場合は車で行くのがオススメです。
まず那覇空港自動車道(無料区間)を経由して高速道路に入ります。
有料区間になりますが北中城ICで降りて、県道81号線安谷屋交差点を右折。
そこから県道146号線を道なりに進むと、右手に中城城跡の専用駐車場が見えてきます。

 

 

営業時間

 

  • 10月〜4月 8:30〜17:00
  • 5月〜9月 8:30〜18:00

 

 

服装について

 

段差が大きいので歩きやすい靴を履いていったほうが良いです。
園内を歩いて見てまわるだけでも、およそ1時間ほどはかかります。

 

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